2018年08月27日
シルバーバーチの霊訓

因果律、つまりタネ蒔きと刈り取りの法則は、絶対に狂いません。
良い行いをすれば、それだけ幸せを味わいます。
利己的な行いをすれば、それだけ苦しい思いをさせられます。
法則はごまかせません。
死の床でいくら懺悔の言葉を述べても、すでに始動している因果律の働きは止められません。
こうした真理を理解する人が増えるにつれて、戦争が減り、平和な地域が広がります。
これは一朝一夕に出来ることではありません。
自分の役目を果たすのです。
自分のベストを尽くすのです。
近づく人の力になってあげることです。
親切と寛容と慈悲の心で接することです。
チャンスさえあれば、どこででも人の役に立つことを心掛けることです。
それが世の中に貢献する方法です。
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12:37
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2018年08月17日
シルバーバーチの霊訓

一つ一つの体験が、人生という織物の一部です。
あなた方人間は一時的な出来事で、永遠なるものを判断しようとします。
人間には物的な混乱だけが見え、人生全体に神の糸が通っていることが分かりません。
調和が基本の宇宙の中で、あなた方一人一人が神の計画に貢献しています。
人生での出来事 一 時には辛く絶望的であり、時には苦しく悲劇的であったりしますが 一 その一つ一つがこれからの人生のために、魂を鍛えるという役目を果たしています。
光と闇、日向と陰、これらは一つのものの反映です。
闇なしに光はなく、光なしに闇はありません。
人生の困難は、魂が向上するためのステップです。
困難、障害、不利、これらは全て魂の試練です。
それを克服した時、魂はさらに強く純粋に、深く高く進化するのです。
無限なる可能性を秘めた魂の潜在力が、困難も苦痛もなく、陰も悲しみもなく、苦難も悲劇も体験せずに発揮できると思いますか。
もちろん思わないでしょう。
人生の喜びや笑いの味は、人生の辛酸をなめて分かります。
なぜなら深く沈んだだけ、高く上がれるからです。
地上人生の陰を体験するほど、日向の喜びを有難く思えます。
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18:54
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2018年08月17日
シルバーバーチの霊訓

悲しみは、魂が悟りを開く数ある体験の中でも、特に深い意味があります。
悲しみが魂に触れた時、一番よく魂の目を覚まさせます。
魂は深く埋もれているために、それを目覚めさせるには、よほどの体験が必要です。
悲しみ、無念、病気、不幸などは、地上の人間にとって、教訓を学ぶための大切な手段です。
もしその教訓が簡単に学べるなら、大した価値はありません。
悲しみの極み、苦しみの極みにおいて学べるものだからこそ、学ぶ準備の出来ていた魂にとって、深い価値があるのです。
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06:20
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2018年08月08日
シルバーバーチの霊訓

私たち霊に出来ることは、法則を教えることだけです。
その昔、神の国は自分の中にあると説いた人がいました。
外にあるのではないのです。
変化を続ける物質の世界に、神の国はありません。
魂の中にあるのです。
神の法則は精細を極め完璧ですから、一切のごまかしは利きません。
悪の報いを逃れることも出来ませんし、善が報われずに終わることもありません。
ただ永遠の法則を、一時的な物質の目で判断してはいけません。
大きなものを見ずに、小さいものを判断してはいけません。
地上の束の間の喜びを、永遠なる霊的なものと混同してはいけません。
地上の喜びは、安ピカであり気まぐれです。
あなた方人間は地上の感覚で物事を考え、私たち霊は霊的な目で見ています。
法則を曲げてまで、人間の喜びそうなことを説くのは、私には出来ません。
私たち霊の世界から戻ってくる霊に聞けば、みんな口を揃えて、法則の完璧さを口にするはずです。
その霊たちは、二度と物質の世界に生まれたいとは思いません。
ところが人間は、その面白くない物質の世界に安らぎを求めようとします。
そこで私たちが、永遠の安らぎは魂の中にあることを教えようとしているのです。
最大の財産は、霊的な財産だからです。
どこまで向上しても、自分に満足できない人がいます。
そういう人は、霊界に来ても満足しません。
不完全な自分に不満を覚えるのです。
神に奉仕する者として、十分でないことを自覚するのです。
苦しみを通して、まだまだ魂に磨きをかけ、神性を発揮しなければならないことを認識するのです。
Posted by クルト at
20:49
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