2023年02月28日

シルバーバーチの霊訓



宗教の教義(信条)による束縛は、地上界の悲劇の一つです。それは重い疫病よりも悪質で、肉体の病気の苦しみよりも、はるかに酷い苦痛をもたらします。なぜならそれは「魂の病」を生み出し、霊に目隠しをしてしまうからです。(中略)私たちはあなた方に、いかなる教義も儀式も作法も要求しません。ただひたすら、大霊(神)の愛がその子供たちを通して顕現するように努力しているだけなのです。そのためには、いかなる書物にも、いかなるドグマ(教義)にも縛られてはいけません。いかなるリーダーにも、いかなる権威にも、いかなる学識にも、また崇敬の対象とされるいかなる聖遺物にも縛られてはいけません。あなた方はひたすら、大霊の摂理に従うようにしてください。大霊の摂理こそが宇宙で最も偉大なものであり、唯一最高の権威あるものなのです。  


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2023年02月27日

シルバーバーチの霊訓



残念ながら地上世界は、今なお物質万能主義の悪弊から脱け切れずにいます。すべてを金銭的感覚で捉えようとします。財産の多い人ほど偉い人と見なします。人間性ではなく財産と地位と肩書きと家柄によってランクづけします。実際には全く永続性のないものばかりです。虚飾にすぎません。実在ではないのです。  


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2023年02月26日

自殺について。



自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです。

地上の誰一人として、何かの手違いのために、その人が克服できないほどの障害に遭遇するようなことは絶対にありません。

その障害物は、その人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのです。苦しいからといって地上生活にさよならしても、その苦しみが消えるわけではありません。それはあり得ないことです。地上であろうと霊界であろうと、神の公正から逃れることはできません。

あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き換えるわけにはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を処罰するのです。その法則は絶対であり不変です。

いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に沈む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。

背負い切れないほどの荷はけっして負わされません。なぜなら、その荷は自分の悪業がこしらえたものだからです。けっして神が〝この人間にはこれだけのものを負わせてやろう〟と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。

宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くことも出来るのが道理のはずです。つまり悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。
  


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2023年02月23日

シルバーバーチの霊訓



私たちが地上へ戻ってきたのは一時のセンセーションを巻き起こすためでもなく、一部の人たちだけに喜びをもたらすためでもありません。肉親を失った人を慰めるのも大切です。悲しみの涙にくれる人の涙を拭ってあげるのも大切です。

が、それよりもっともっと大切なことは、霊的真理を日常生活の全てに生かすことです。〝無知〟から生じる世の中の害毒を無くさなくてはなりません。すべての不公正を改め、すべての偏狭と横暴を駆逐しなければなりません。私たちの仕事は人間に内在する霊性をあらゆる面で発揮させ、物質文明から排泄されるもの。汚れ、病気、暗黒街、スラム街、その他、神聖なる霊が閉じ込められている全ての邪悪な環境を清めることに向けられております。

要するに私たちの説く宗教は実践の宗教です。一日一日の宗教。一日二十四時間、一時間六十分、一分六十秒、その全てを実践の時とする宗教です。

それが私たちの評価の基準です。それが私たちの目標とする理想です。それが知識を手にした者の本当の仕事。自分だけが喜びと慰めを得るに止まらず、全ての人に隔てなく分け与えてあげる義務なのです。

スピリチュアリズムも他のすべてのことと同じく〝結果〟によって評価されます。あなたが存在することによって世の中の誰一人として益を受けることがなければ、この世に生れてきた甲斐がなかったことになります。

もしスピリチュアリズムを信奉する人がいま深刻に要請されている精神的革命に何の役割も果たせないとしたら、それは自分に対する欺瞞であると同時に、その目的の為にその人を使用した霊の力に対する欺瞞にもなります。人間を通して地上へ注がれる莫大な霊力には成就すべき巨大な宿命があります。それは人類の霊的革新です
  


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2023年02月22日

人間は不滅なのです。死は無いのです。



人間は不滅なのです。死は無いのです。あなた方が涙を流して嘆き悲しんでいる時、その人はあなた方のすぐ側に黙って立っている。黙って、というのは、あなた方が聞く耳をもたないために聞こえないことを言っているまでです。

本当は自分の存在を知らせようとして何度も何度も叫び続けているのです。あなた方こそ死者です。本当の生命の実相を知らずにいるという意味で立派な死者です。神の宇宙の美が見えません。地上という極小の世界のことしか感識していません。すぐ身のまわりに雄大な生命の波が打ち寄せているのです。

愛しい人たちはそこに生き続けているのです。そしてその背後には幾重にも高く界層が広がり、測り知れない遠い過去に同じ地上で生活した人々が無数に存在し、その体験から得た叡知を役立てたいと望んでいるのです。

見えないままでいたければ目を閉じ続けられるがよろしい。聞こえないままでいたければ耳を塞ぎ続けられるがよろしい。が、賢明なる人間は魂の窓を開き、人生を生甲斐あるものにするために勇気づけ指導してくれる莫大な霊の力を認識することになります。あなた方は神の子なのです。
  


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2023年02月21日

シルバーバーチの霊訓



私達の観る宇宙は法則によって支配されています。すみずみまで行きわたり、これからも常に存在し続ける法則です。

地上の人間がこれまであまりに永いあいだ振り回され隷属させられてきた誤った概念と虚偽、偏見と無知を無くしていくには、地上の生命現象と生活現象のすべてがその絶対的法則によって支配されていることを教える以外にはありません。

その知識が少しでも増えれば、それだけ理解力も豊かになることでしょう。真の美しさを遮っていたベールが取り除かれ、有限の地上的存在の視野を超えたところに存在する、より大きな生活を少しでも垣間見ることになるでしょう。

かくして私どもは常に神の永遠の自然法則、絶対に狂うこともなく、過ることもない法則、地位の高い低いに関係なく全ての存在に等しく働く法則に忠誠と感謝の念を捧げる者です。誰一人おろそかにされることはありません。誰一人見落とされることはありません。

誰一人忘れ去られることはありません。誰一人として一人ぼっちの者はいません。法則の働きの及ばない人、範囲からはみ出る人など一人もいません。あなたがこの世に存在しているという事実そのものが神の摂理の証です。人間の法律は機能しないことがあります。改められることもあります。

人間の成長と発展に伴って視野が広がり、知識が無知をなくし、環境の変化に伴って新たな法令が要請されたりすると、従来の法律が廃止されたり別の法律と置きかえられたりすることもあります。

しかし神の法則には新しい法則が付け加えられることは絶対にありません。改正もありません。解釈上の変化も生じません。いま機能している法則はこれまでもずっと機能してきた法則であり、これからも変わることなく機能していきます。一瞬の休みも無く機能し、そして不変です。
  


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2023年02月20日

絶対不変の摂理(因果律)



ラベルはどうでもよいのです。形式はどうでもよいのです。口先だけの文句はどうでもよいのです。大切なのは〝行い〟です。〝行為〟です。つまり各人の毎日の〝生活〟そのものです。

私たちは因果律という絶対的な摂理を説きます。つまり誰一人としてその神の摂理のウラをかくことはできません。ごまかすことはできません。

自分が自分の救い主であり、贖い主であり、自分の過ちには自分が罰を受け、善行に対する報酬も自分が受けると説くのです。また神の摂理は機械的に機能し、自動的に作用すると説きます。

すなわち親切、寛容、同情、奉仕の行為が自動的にそれ相応の結果をもたらして霊性を高め、反対に利己主義、罪悪、不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。この法則は変えようにも変えられないのです。みっともない執行猶予も安価な赦免もありません。

神の公正が全宇宙に行きわたっております。霊的な小人が巨人のふりをしてもごまかせません。死の床での悔い改めも通用しません。
  


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2023年02月19日

死とは。



死は、霊に準備が出来た時に訪れます。それはリンゴが熟すると木から落ちるのと同じです。

まだ熟し切らないうちにもぎ取れば、そのリンゴは食べられません。霊も十分な準備が出来ないうちに身体から無理やり離されると、それなりのペナルティが課せられます。

一人ひとりに生まれるべき時があり死ぬべき時があります。それもすべて自然の摂理の一環なのです。

人間はあまりに永いあいだ、死を生の終わりとして考えて、泣くこと、悲しむこと、悼むこと、嘆くことで迎えてきました。死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なさず、死とは第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可決の自然現象として神が用意したものであることを理解していただきたいのです。

死ぬということは生命を失うことではなく別の使命を得ることなのです。

そもそも人間は死んでから霊となるのではなくて、もともと霊であるものが地上へ肉体をまとって誕生しただけであって、その束の間の生活のためではなく、霊界という本来の住処へ戻ってからの生活のために備えた発達と開発をするために地上へ来ただけなのですから、死後も生き続けて当たり前なのです。

元の出発点へ帰るということであり、地上のものは地上に残して、宇宙の大機構の中であなたなりの役目を果たすために、霊界でそのまま生き続けるのです。

皆さんもいずれは寿命を全うして、その肉体に別れを告げる時がまいります。皆さんのために尽くして古くなった衣服を脱ぎ棄てる時が来ます。霊が成熟して次の進化の過程へ進む時期が来ると自然にはげ落ちるわけです。

土の束縛から解放されて、死の彼方で待ちうける人々と再会することができます。その目出たい第二の誕生にまとわりついている悲しみと嘆き、黒い喪服と重苦しい雰囲気は取り除くことです。そして一個の魂が光と自由の国へ旅立ったことを祝福してあげるべきです。
  


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2023年02月18日

シルバーバーチの霊訓



物的身体に宿っているあなたは地上生活を尺度として物事を受けとめます。地上を去った私たちは地上生活を無限の生命の中のホンの一瞬として位置づけます。みなさんは何事につけ焦点を間違えております。

苦しんでいる人を見て同情し、その痛みを一刻も早く取り除いてあげたいと思う気持ちはごく自然な情として私も咎める気持ちは毛頭ありません。

しかし、その時のあなたは〝苦しみ〟という観点からのみその人のことを考え、苦しみの中で過ごす時間は、その苦しみの償いとして得られる霊的な喜びに比べれば、実に些細なものに過ぎないことにお気づきになりません。
  


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2023年02月15日

お休み前に、最高の祈り言葉を。



お休み前に、最高の祈り言葉を。


守護霊様 有り難うございます
指導霊様 有り難うございます
守護霊様・指導霊様を遣わしてくださった神よ 
有り難うございます

私自身が神と約束して来た人生を正しく全うできますようにどうぞお導きください


今日も1日お疲れ様でした。お休みなさい。
  


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