2023年04月30日
死とは。

死は、霊に準備が出来た時に訪れます。それはリンゴが熟すると木から落ちるのと同じです。
まだ熟し切らないうちにもぎ取れば、そのリンゴは食べられません。霊も十分な準備が出来ないうちに身体から無理やり離されると、それなりのペナルティが課せられます。
一人ひとりに生まれるべき時があり死ぬべき時があります。それもすべて自然の摂理の一環なのです。
人間はあまりに永いあいだ、死を生の終わりとして考えて、泣くこと、悲しむこと、悼むこと、嘆くことで迎えてきました。死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なさず、死とは第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可決の自然現象として神が用意したものであることを理解していただきたいのです。
死ぬということは生命を失うことではなく別の使命を得ることなのです。
そもそも人間は死んでから霊となるのではなくて、もともと霊であるものが地上へ肉体をまとって誕生しただけであって、その束の間の生活のためではなく、霊界という本来の住処へ戻ってからの生活のために備えた発達と開発をするために地上へ来ただけなのですから、死後も生き続けて当たり前なのです。
元の出発点へ帰るということであり、地上のものは地上に残して、宇宙の大機構の中であなたなりの役目を果たすために、霊界でそのまま生き続けるのです。
皆さんもいずれは寿命を全うして、その肉体に別れを告げる時がまいります。皆さんのために尽くして古くなった衣服を脱ぎ棄てる時が来ます。霊が成熟して次の進化の過程へ進む時期が来ると自然にはげ落ちるわけです。
土の束縛から解放されて、死の彼方で待ちうける人々と再会することができます。その目出たい第二の誕生にまとわりついている悲しみと嘆き、黒い喪服と重苦しい雰囲気は取り除くことです。そして一個の魂が光と自由の国へ旅立ったことを祝福してあげるべきです。
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07:19
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2023年04月29日
シルバーバーチの霊訓

私たちが地上の人々にもたらすことのできる最高の霊的知識は人生が〝死〟をもって終了するのではないこと。したがって苦しい人生を送った人も失敗の人生を送った人も屈辱の人生を送った人も、みなもう一度やり直すことができるということ、言いかえれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるということです。人生は死後もなお続くのです。
永遠に続くのです。その永遠の旅路の中で人間は内在している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮するチャンスが与えられ、同時に又、愚かにも摂理を無視し他人への迷惑も考えずに横柄に生きた人間には、その悪業の償いをするチャンスが与えられます。
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17:16
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2023年04月26日
シルバーバーチの霊訓

地上世界の無知による弊害を見るに忍びず、これは何としても思い切った手段を講じて霊的実在に関する正しい知識を普及させなければとの決断がなされました。私がこうして何十年にもわたってこのサークルで語り続けているのもその一環です。
〝霊的〟というと何か摑みどころのない神秘的なものを想像なさりがちですが、そうではなくて実在そのものなのです。何代にもわたって引き継がれてきた誤解・無知・偏見・虚言・虚偽・迷信───要するに無数の人類を暗黒の抑圧の中に閉じ込めてきた勢力を取り除かねばなりませんでしたし、今なおそれを続けております。
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18:16
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2023年04月25日
シルバーバーチの霊訓

宇宙はたった一つで、その中に無数の生活の場があります。生命は一つです。ただそれには無数の進化の段階があるということです。そうした霊的事実を説明しようとすると言語の不自由さが立ちはだかります。
とは言え、このぎこちない不適切な記号を使用せざるを得ず、結果的には真相がうまく伝えられないということになります。生命は一つです。宇宙は一つです。境界線というものは存在しません。国境というものはありません。死んで行った人も相変わらず同じこの宇宙で生き続けているのです。
ただ地上とは異なるバイブレーションの世界、異なる意識の段階で生活しているというだけです。霊も、あなたの目には見えなくても同じ地上にいると考えてもよいのです。それはちょうど、あなたもご自分では気づかなくても、私と同じ霊界にいると考えてもよいのと同じです。
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07:58
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2023年04月23日
シルバーバーチの霊訓

問 他界した肉親や先祖霊からの援助を受けるにはどうすればいいでしょうか。
「あなたが愛し、あなたを愛してくれた人々は、決してあなたを見捨てることはありません。いわば愛情の届く距離を半径とした円の範囲内で常にあなたを見守っています。時には近くもなり、時には遠くもなりましょう。が決して去ってしまうことはありません。
その人たちの念があなたがたを動かしています。必要な時は強く作用することもありますが、反対にあなたがたが恐怖感や悩み、心配等の念で壁をこしらえてしまい、外部から近づけなくしていることがあります。
悲しみの涙を流せば、その涙が霊まで遠く流してしまいます。穏やかな心、安らかな気持ち、希望と信念と自信に満ちた明るい雰囲気に包まれている時は、そこにきっと多くの霊が寄ってまいります。
私たち霊界の者は出来るだけ人間との接触を求めて近づこうとするのですが、どれだけ接近できるかは、その人間の雰囲気、成長の度合、進化の程度に掛かっています。霊的なものに一切反応しない人間とは接触できません。
霊的自覚、悟り、ないしは霊的活気のある人とはすぐに接触がとれ、一体関係が保てます。そういう人はスピリチュアリストばかりとは限りません。知識としてスピリチュアリズムのことを知らなくても、霊的なことを理解できる人であればそれでいいのです。
とにかく冷静で受容的な心を保つことです。取越苦労、悩み、心配の念がいちばんいけません。それらがモヤをこしらえて、私たちを近づけなくするのです」
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07:26
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2023年04月20日
シルバーバーチの霊訓

私はすでに多くの方が直感的に、あるいは理性的・論理的に理解しておられる単純な真理を改めて説いているに過ぎません。その真理の仕入れ先は霊界です。しかもその上層界です。そこではすべての人が実在を目のあたりにします。
原因と結果とが即座に働き、他への思いやりの多い人が少ない人より偉い人とされ、地上時代の見栄や肩書はすべてはぎ取られ、魂がまる裸にされて、長所も短所も衆目にさらされてしまいます。そういう世界で学んだことをお届けしているのです。
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07:22
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2023年04月19日
なぜ苦しみがあるのか。

地上生活の目的は、いよいよ霊界へ旅立つ時が来た時に霊に十分な備えができているように、さまざまな体験を積むことです。まず、この地球へ来るのは、そのためです。地上はトレーニングセンターのようなものです。霊が死後の生活に対して十分な支度を整えるための学校です。
魂の偉大さは苦難を乗り切る時にこそ発揮されます。失意の落胆も、魂のこやしです。魂がその秘められた力を発揮するには、いかなるこやしを摂取すればよいかを知る必要があります。
失意のどん底にある時は、もう全てが終わったかの感じを抱くものですが、実はそこから始まるのです。あなた方にはまだまだ発揮されていない力───それまで発揮されたものより、遥かに大きな力が宿されているのです。
それは楽な人生の中では決して発揮されません。苦痛と困難の中にあってこそ発揮されるのです。金塊もハンマーで砕かないと、その純金の姿を拝むことができないように、魂という純金も、悲しみや苦しみの試練を経ないと出てこないのです。
人間の生活に過ちはつきものです。その過ちを改めることによって魂が成長するのです。苦難や障害に立ち向かった者が、気楽な人生を送っている者よりも大きく力強く成長していくということは、それこそ真の意味でのご利益と言わねばなりません。何もかもがうまくいき、日向ばかりを歩み、何一つ思い患うことのない人生を送っていては、魂の力は発揮されません。
何もかもがうまくいき、鼻歌まじりののん気な暮らしの連続では、神性の開発は望むべくもありません。そこで神は苦労を、悲しみを、そして痛みを用意されるのです。そうしたものを体験して初めて霊的知識を理解する素地ができあがります。
そしていったん霊的知識に目覚めると、その時からあなたはこの宇宙を支配する神と一体となり、その美しさ、その輝き、その気高さ、その厳しさを発揮しはじめることになるのです。
霊的な宝はいかなる地上の宝にも優ります。それはいったん身につけたらお金を落とすような具合になくしてしまうことは絶対にありません。
苦難から何かを学び取るように努めることです。耐え切れないほどの苦難を背負わされるようなことは絶対にありません。何らかの荷を背負い、困難と取り組むということが、旅する魂の本来の姿なのです。
それはもちろん楽なことではありません。しかし魂の宝は、そうやすやすと手に入るものではありません。もしも楽に手に入るものであれば、なにも、苦労する必要などないでしょう。
痛みと苦しみの最中(さなか)にある時は、なかなか、その得心がいかないものですが、必死に努力し苦しんでいる時こそ、魂にとって、いちばんの薬なのです。
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12:39
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2023年04月18日
シルバーバーチの霊訓

正しい知識を地上に普及させる───これが私たち霊団の使命の一環です。一環とはいえ大変な仕事です。霊的実在に関する地上世界の余りの無知に、このまま放置していては大変なことになるとの認識がこちらの世界で広まりました。その無知による弊害があらゆる面で顕著になってきたからです。地上世界だけではありません。
霊界側にもそれが反映されはじめたのです。どの宗教も自分のところの教義を信じた者は死後たちまち光輝あふれる霊となって、悩みや労苦から解放されるかに説いておりますが、事実はそうではありません。これほど真実からかけ離れた教えはありません。
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17:46
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2023年04月17日
神とは宇宙の自然法則です。

神とは宇宙の自然法則です。物的世界と霊的世界の区別なく、全生命の背後に存在する創造的エネルギーです。完全なる愛であり、完全なる叡智です。神は宇宙のすみずみまで行きわたっております。
神は全生命に宿っております。全存在の内部に宿っております。全法則に宿っております。神は宇宙の大霊です。神は大生命です。神は大愛です。神は全存在です。
神性こそ、その無限の愛の包容力によって私たちを支えている力であり、その尊い遺産を発揮し宿命を成就するよう導いてくれる力です。宇宙における最大の力であり、極大極小の別なく全ての現象を根本において操っております。魂のそれぞれの必要性を察知し、いかにしてそれを身につけるかを知らしめんと取り計らってくれます。自分とはいったい何なのか、いかなる存在なのか、いかなる可能性をもつかを徐々に悟らせる方向へと導いてくれます。
ですから、私たちは愛をもって導いてくれるこの力に安心して身を任せようではありませんか。その愛の導きに身を委ね、いついかなる時も神の御手の中にあることを自覚しようではありませんか。
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06:13
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2023年04月16日
愛する人とは霊界で再会して若返るのでしょうか。

問 愛する人とは霊界で再会して若返るのでしょうか。イエスは天国では嫁に行くとか嫁を貰うといったことはないと言っておりますが・・・・・・。
「地上で愛し合った男女が他界した場合、もしも霊格の程度が同じであれば霊界で再び愛し合うことになりましょう。死は魂にとってはより自由な世界への入口のようなものですから、二人の結びつきは地上より一層強くなります。が二人の男女の結婚が魂の結びつきでなく肉体の結びつきに過ぎず、しかも両者に霊格の差がある時は、死と共に両者は離れていきます。
それぞれの界へ引かれていくからです。若返るかというご質問ですが、霊の世界では若返るとか年を取るといったことでなく、成長、進化、発達という形で現われます。つまり形体ではなく魂の問題になるわけです。
イエスが嫁にやったり取ったりしないと言ったのは、地上のような肉体上の結婚のことを言ったのです。男性といい女性といっても、あくまで男性に対する女性であり、女性に対する男性であって、物質の世界ではこの二元の原理で出来上がっておりますが、霊の世界では界を上がるにつれて男女の差が薄れていきます」
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06:59
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